「一蓮托生」は、現在では行動を共にする時に使われている言葉ですが、あまり良い結果が期待できないとき等に使われることが多いようです。
本来は仏教用語であり、「人は死後、極楽浄土で同じ蓮の上に生まれ変わる」という意味があります。
寺の境内の池に、蓮が植えられているのを見る機会が多いと思いますが、これは蓮を“神聖な花”とする仏教の考えからです。
仏教といえば蓮をイメージされるほど、蓮が多く用いられるのには理由があります。
ご存知の通り、蓮は泥水のなかで力強く成長し、清らかな花を咲かせます。仏教において、蓮の花(蓮華)は特別な意味を持っていて、泥水をわたし達が生きている俗世間とすると、その中で美しく咲く蓮の花は、悟りの境地の象徴といった感があります。
別な見方をすると、周りから見て「あんな汚い泥水の中で…」というような環境であっても、蓮はそういった環境でなければ生育できませんし、花を咲かすこともありません。私たち人間も、悩み苦しむ人生に身をおいているからこそ、悟りへと導かれてゆくのかもしれません。

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